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レストラン栗の里厚木店の特徴

レストラン栗の里は、各店舗で提供するサービスが全て異なります。
サイト内の価格は全て税抜表記になっております。

第6回かながわ観光大賞優秀賞受賞

平成27年度かながわ地球環境賞受賞

第10回かながわ子ども・子育て支援大賞奨励賞受賞

レストランの域を超えた滞在型レストラン~非常識を常識への挑戦~

(1)48年前にバーベキュースタイルの飲食店をオープン

47年前、オープン当初の栗の里

48年前、オープン当初の栗の里

笹生家は200年以上前から、米農家として確立し、厚木市下川入地区を中心にお米を生産していたが、48年前に「地元の方に美味しいお米を食べてもらいたい」という理由から、当時栗林だった地を開拓して、店名を《栗》にちなんだ《栗の里》とし、近くを通る国道(129号線)が砂利道だった頃に、バーベキュースタイルの飲食店をオープンさせました。

当時は、もちろん競合店もなく、また、珍しさと自家生産のお米がお替り自由というサービスが受け入れられ、地元のお食事処やドライブインとして経営は順調だった。

お客様も増え、事業所の拡充を決定し、バーベキュースタイルから、当時、こちらもまた珍しかった「レストラン形式」に形態変更に伴い、店も現在のドイツ山小屋風に改装。レンガづくりに内外装したのに合わせて、庭もレンガ敷きにしました。お客様に、新たなジャンルの食を提供しようと、現在の基盤でもある「ハンバーグ&ステーキ」を選択し、「自家生産米」の付加価値を一層高め、地元密着型で経営は順風満帆でした。

(2)大型飲食店が進出してきた

2代目オーナー(現社長)笹生一(さそう はじめ)

2代目オーナー(現社長)笹生一(さそう はじめ)

しかしながら、時代の流れにより、整備された国道沿いには、大手飲食店チェーンなど、多種多様なジャンルのライバル店が登場し、ターゲットとしていた多くのサラリーマンが他店舗に流れ、次第に売上が減少し、地元密着型の牙城がもろくも崩れ、もはや店さえ開けておけば、自然とお客様が来てくれる状況ではなくなってきていた。

(3)さあ大変だ、新しいコンセプトで

3代目オーナー笹生新(さそう しん)

3代目オーナー笹生新(さそう しん)

「何とかしなければ」の思いで、2代目(現社長 笹生 一)から、3代目(現オーナー 笹生 新)に経営が受け継がれ、5年前に入社した宮脇と二人三脚で試行錯誤を続けながら、当時までの「早い、安い、美味い」という回転率に特化した経営方針から、五感で楽しめる滞在型レストランの創出を目指した。

(4) ローズガーデンを全国レベルへ

100種600株のバラが植栽されるガーデン

100種600株のバラが植栽されるガーデン

現在だからこそ、胸を張って「神奈川のバラの名所です」と言えますが、私が入社した時は、レストランのお庭には、80種120株程のバラが定植されており、笹生が1人で維持管理をしていましたが、関係者からは、「レストランの庭をバラ園にするのは非常識だし、バラでお客様が来店してくれるわけではない」等、厳しい声が圧倒的でした。また、認知度が低く、地元のお客様でさえ、「こんなにバラが咲いていたのね・・・」という感覚で、働いている従業員からも理解を得られていなかったのを記憶しています。

笹生の努力の結晶を何とかPRしたいと奮起し、神奈川県観光協会と「神奈川バラ特集」を立ち上げ、神奈川のバラを巡るモデルコース作成、バラスイーツ特集、神奈川バラフォトコンテスト企画等、神奈川のバラの社会性を高めるために、東西南北のバラスポットへとかけずり回り、様々な方々と出会い、協力してもらい、バラ特集を完成させました。もちろん各企画には、無名のレストラン栗の里も数々の神奈川のバラの名所の仲間入りさせて頂きました。

その翌年には、笹生の栽培努力への裏づけになると思い、当店の取り組みで応募可能な表彰制度を探していたところ、運良く発見したのが、「第22回全国花のまちづくりコンクール」でした。応募締め切りギリギリでエントリーし、同コンクールで、奨励賞(全国3位相当)という輝かしい成績を残せたときは、男2人で喜びを爆発させました。

その後は、一気に知名度を上げ、100種600株のバラが植栽され、年間6万5千人の来場者数を誇る「神奈川のバラの名所」となり、数々の表彰を頂けるまでに成長し、1株で30mに成長した「日本一長いつるバラのカーテン」という称号も頂き、《日本一のつるバラが鑑賞できるレストラン》という付加価値を見出すことに成功しました。

バラ園に対し、批判的な意見が多かった当時から、肯定的な意見が圧倒的になり、「栗の里のバラは厚木の宝だ」と言ってくれる方々もおり、自分達が取り組んできたことが間違ってなかったと証明できたと思っております。

今後は、日本一のつるバラを世界一のつるバラに成長させ、世界基準のつるバラが鑑賞できるレストラン創出のため、笹生や従業員一同で維持管理を続けていきますので、よろしくお願いします。

(5) 日用品からの脱却

厚木食ブランド認定式 左:厚木市長 右:笹生新

厚木食ブランド認定式
左:厚木市長 右:笹生新

ローズガーデンの取り組みにより、来場者数、来客数が年々増加し、オープン当初からの近隣のお客様が9割でしたが、市外・県外の来客数、特に女性のお客様の来店頻度上昇し、「栗の里に来た記念品はないの?」と言うようなご要望を多数頂くようなった。

「そんなこと言われても・・・」と思いながら、あたりを見回しましたが、土産品になるような物はなく、お米が陳列されていただけでした。

元々、レストラン栗の里は、米農家直営として、48年前にオープンしており、米作りに関しては、200年以上の歴史がある「米作りプロ集団」でした。減農薬で育て、農薬で燻す「燻蒸」という作業もしていない農家米を提供・販売し、虫が発生するリスクより、農薬を頻繁に使うリスクのほうが高いと判断する考え方を推奨しており、白米や玄米、また、差別化になりそうな「みがき玄米」という商品を販売していました。この商品は、玄米の養分を80%残した形で、特殊製法し、何より、現社長の笹生一が、高血圧に悩まされ、医者から玄米を勧められたが、「ボソボソしていて、美味くない」ということで、「食べやすい玄米」の開発に着手したと聞き、「これだ!!」と閃き、「みがき玄米を観光土産品にしよう」と決めたのですが、道のりは険しかったです。誰からも(笹生からも)、「みがき玄米は、どうせ売れないよ」と言われ、アクションに非協力的でした。その理由は、月間販売数が、わずか2袋で、まったく売れない月も多々あったからでした。

私は、ローズガーデン事業での成功例を基盤に、マーケティングや商品のブラッシュアップを繰り返し、みがき玄米に付加価値をつけ、日用品からの脱却を図るために、情報収集を繰り返し、たどり着いたのが、「厚木市OECブランド」だった。

厚木市OECブランドとは、厚木市が認定する「食」のブランドの愛称のことで、商品が、県レベル以上でのコンテスト等で、入賞実績がないと認定されないもので、我々としては、ハードルの高い認定制度でした。

みがき玄米への表彰を目指し、お米のコンテスト等へのエントリーも試みましたが、食味値を最頂点とする表彰事業が大半で、契約農家米も導入している当店では、当社規定の減農薬手法で、さらに、厚木で育てられた米であることは間違いないが、生産者が違うので、栽培にばらつきが出てしまい、統一生産者様に、太刀打ちできるはずもなく、失敗に終わりました。

途方に暮れる中、考え、捻り出したアイデアが、レストランという形態を活用した「食の提供」でのコンテスト入賞でした。

すぐさま、リサーチを開始し、見つけ出したのが「かながわ産業Navi大賞」と「ビジネスイノベーションアワード」でした。さっそく、食の提供(みがき玄米を含めた)を主体とした取り組みでのエントリーを開始し、2013年には、かながわ産業Navi大賞2013地域振興賞、2014年には、第5回ビジネスイノベーションアワード2014優秀賞を獲得し、その年の厚木食ブランド認定審査会へのエントリーをし、公開審査後、見事認定を受け、みがき玄米が、厚木市の名産品の仲間入りを果たした。

この間、3年半の道のりは、長く険しい道のりでしたが、特に、バラで観光スポット化する5月と新米のシーズンには、日用品から、観光土産品としての価値を発揮した「みがき玄米」が飛ぶように売れ、また、その効果のおかげで、白米や玄米等の米の商品の売上げも上がった。

原点の米農家としての役割に目を付け、商品をブランディングした結果、「絶対売れっこない」と言われた商品を「栗の里の代名詞」と言って頂けるまでになりました。

(6)《うるさい》をサービスに

”原点回帰”手廻しオルガンの演奏

”原点回帰”手廻しオルガンの演奏

私が入社して間もなく、店内には、古そうなオルゴールや見たこともないハンドル付きのオルガンが奥のほうに閉まってありました。「何故、演奏をしないのだろう」と疑問に思い、笹生に確認すると、何回か演奏したが、音も大きく、食事中のお客様から、「うるさいから、やめてくれ」と言われることが多く、次第に奥へ奥へと追いやられてしまったらしい。それもそのはずで、飲食店でのミュージックは、BGMや生演奏等が主流で、見たことも、聞いたこともない音色が受け入れられるはずもなかった。しかしながら、私は、逆にチャンスだと思いました。ハンドル付きのオルガンは、手廻しオルガンという名称で、「日本で1台、世界で6台しか生産されなかった」という最大の特徴を持ち、使い方次第では、レストランの特徴の1つになると考えたからでした。

まず、取り組んだのが、オルゴール・手廻しオルガンへの格付けで、からくり人形があしらわれていて、珍しい音色を聞けるということから、「教育」の分野で、発信していくことにしました。神奈川県教育委員会との「家庭教育協力事業者連携事業」の協定を結び、レストランの区画を開放し、子どもでも楽しめるオルゴール館を開催し、音育の定着を図りました。

この企画を立ち上げる時に、立ちはだかったのが、オルゴール・手廻しオルガンそのものの知識でした。まったく無知な私は、関東圏にあるオルゴール館に何度も足を運び、歴史や構造の知識もさることながら、「どうやったら、お子様に楽しんでもらえるか」を追求しました。

「子ども達に、実際に触れてもらって、楽しんでもらったらどうだろう」という考えに達し、試みるも、関係者からは大反対を受けました。実は、オルゴール館では、触らせることはタブーで、オルゴールや手廻しオルガンは、白手をして扱うのが基本だったからである。仮に素手で触れると、手汗で錆び付いたり、腐食の原因となり、メンテナンス不可能になることも予想されていた。それでも、その線での突破口の打開に挑み続け、お客様側にも白手をつけてもらうことや所有物に関しては触れてもOK等、体験型のルールを作り、企画をスタートさせました。その結果、毎年2月の1ヶ月間のイベントでしたが、5年間で、約6500人のお客様に足を運んで頂き、栗の里では「珍しい音色が聴ける」ということが定着していきました。

現在は、毎日、マイクパフォーマンスを組み込み、14時と19時に定時演奏を実施し、タイミングが合えば、定時演奏外の時間帯でも演奏、また、誕生日や記念日等のシチュエーションでの演奏会等、音のサービスを展開し、「うるさい」を「珍しい」に価値上げすることに成功しました。

(7)「同じものは嫌だ」という声で火がついた

ある時は、バルーンアーティストの宮脇(中央)

ある時は、バルーンアーティストの宮脇(中央)

オルゴール・手廻しオルガン事業も軌道に乗り始めていた頃、取り組んでいたのが「バルーンアート」でした。元々、髪は自分で切るし、得意科目は家庭科で、特に編み物等の服飾系は得意としていたので、手先が器用だと自負していた私は、難なく1本の風船で、造形物を作成できたので、お子様に風船のサービスを実施していた。

ところが、ある日、「いつも同じ物なんかいらないよ」というお子様の声がありました。何でも、来店の度に、同じような風船をもらっても嬉しくないとのこと。また、乳幼児のお子様には、喜ばれることが多かったバルーンですが、小学校中学年以上になると、力を発揮しなくなるのも事実でした。

その時、バルーンの火がつきましたね。「誰にも作れないものをプレゼントしてみせる」と。

それからは、朝起きて、画像を見て、練習、夜帰って、画像を見て、練習の繰り返しで、半年間で何万本という風船をヒネリました。

その結果、オリジナル作品を次々と生み出し、クオリティーが高くなり、また、バルーンに描く、絵も上手くなり、誕生日や記念日等でのご利用でプレゼントさせて頂いております。課題だった年齢層も、レパートリー1500以上を誇る「ひねりのデパート」で対応させて頂いております。

お客様から人気なのは、最速10秒で作成する「トイプードル」なので、もし、機会があったら、オーダーしてみてくださいね。

(8)五感で楽しめるエンターテイメントレストラン

賑わうローズガーデンの様子

賑わうローズガーデンの様子

こうして、当初は、「非常識だ」「回転率が悪くなる」等といった声が圧倒的だった事業展開でしたが、「笹生が用意してくれたテリトリーに、宮脇が価値を付け、発信する」という形で、徐々に経営努力が実る形となり、バラの最盛期の5月に、当時過去最高の売上高と客数を記録(年間売上高・客数も当時過去最高)し、第6回かながわ観光大賞では、五感で楽しめるエンターテイメントレストランの地域活性化活動が評価され、優秀賞を受賞し、一見、非効率的な経営戦略を常識化させ、レストランに、《観光、環境、教育》の3要素を融合し、味覚、嗅覚、聴覚、視覚、触覚の五感を追求したエンターテイメントレストランが確立した。

現在は、栗の里の48年の歴史の中で、初の女性店長を起用し、女性目線で米に特化した商品開発や花のまちづくり2期連続入賞のノウハウを活用した地域貢献事業など、新しいことにチャレンジし、独自のイノベーションを創出している。

 

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